Vol.39 NY、あの日から2ヶ月 @


☆☆☆日本→NY☆☆☆
到着まで
 「ニューヨーク行き、通ります!!」
チェックイン・カウンター前の荷物検査場でフライト先を尋ねられ、ニューヨークと答えると、係員は荷物をコンベアに乗せながら、よく通る声を張り上げた。私は驚いて、ちょっとうつむいてゲートをくぐったけれど、まわりの視線が集まるのを感じていた。さらに、X線を通した荷物と手荷物をすべて開けて中身をチェックされた時に、この旅行は自分も含めていろんな人にとって特別なものなんだ、と改めて実感した。だって、日本のマスコミはテロの恐怖を毎日煽り立てるし、おまけに今から9時間前にはクイーンズ地区でアメリカン航空機が墜落し、数百人の犠牲者が出ているのだ(後日、テロとは関係のない事故だと断定されたが)。気の弱い人なら、海外旅行どころか、日本国内で飛行機に乗るのも嫌がるはず。それを、女一人、NY(笑)。でも、この時期にあえてその街へ向かうことに、少し誇らしい気分になったのは、きっと私だけではない。

 ターミナルの最果ての待合室を見下ろして、想像以上に閑散としていることにも驚いた。搭乗の約1時間半前と、比較的早い時間ではあるけれど、見える範囲で、NY行きを待っているのは6、7人。そのうち4人は、一体いつから待っているのか、椅子の上にごろりと横になって、荷物を抱えて眠っている…。あまりに乗客が少ないので、周りの人をじろじろ見るのもはばかられ、しばらく本を読んでいると、何かの気配が感じられた。顔を上げると、濃い色の服の二人組が階段を降りてくる。一人はどこかで見覚えのある顔で、マイクを持っており、もう一人はえらく立派なカメラを肩に載せていた。彼らはぐるりと待合室を見まわし、私と同じ列の年配の男性へ近寄り、話しかけた。

 「フジTVですが、お話を伺ってよろしいでしょうか?この時期にNYへ……」 TVだ。インタビューだ。そりゃそうでしょう。私が報道にいたとしても、この時期にNYへ向かう物好きの話は聞きたいもの。でも、自分がTVで話すとなると別…。必要以上に恐れることなんかない。普通の生活をすることこそ、理不尽な攻撃への抵抗になる。観光を生活の糧とする人達の助けになりたい。「今」の空気を感じたい。等々、沢山云いたいことはあるのだが、TVに顔を出すわけにはいかない。長いフライトに備えてスッピンだし、今回のNY行きは、5日前に突然決めてから今日まで親には内緒にしているのだ。まかり間違って資料映像になってしまって、NY滞在中、ニュースで繰り返し流されたら目も当てられない。本を読んでいる間に待合室の人数はいくらか増えて、20人程度はいそうだが、搭乗開始までに全員にだってカメラを向けることができるだろう。おまけに今インタビューされている彼の座っている席は、空席4つを隔てて私の隣なのだ。私はそ知らぬ顔をして、荷物を抱えて席を移った。案の定、インタビュアーはしばらくしらみつぶしに話を聞いて歩いていたが、わざわざ席を移ったのをわかってくれたらしく、私にカメラが向けられることはなかった。地味な出たがりの私としては、ちょっと残念だったけど。そういえば、搭乗口に2度も呼び出されてパスポートのチェックを受けた。どうしてだったのだろう。

 NY行きの機内は、予想通り、見たこともないくらいガラガラだった。私は飛行機に乗ると楽な席を探してハイエナのようになる方なのだが、そんな必要は全くなかった。後部に与えられた席から首を伸ばして見渡しても、見える範囲に乗客は7、8人。中ほども同じくらいとすると、エコノミーの客はせいぜい20人。多くて30人弱…。私達エコノミーの乗客は、思いきり足を伸ばし、沢山の枕と毛布に包まれて熟睡し、すぐに運んでもらえる飲み物をしこたま飲み、トイレに並ぶこともなく、快適なフライトを楽しんだ。

 降下が始まってから、窓の下の風景に釘付けになった。10数回の海外旅行で初めてのことだ。窓の下は黄色、茶色、赤…。きりっと冷えた空気にさらされた落葉樹の鮮やかな色で飾られていた。なんてきれいな場所だろう、というのが、初めてのNYの第一印象だった。こんなにきれいな場所なんだ、と、思うと涙が少し出た。その気持ちは、滞在中何度も繰り返されることになる。

 到着
 JFK空港のイミグレーションは、意外に薄暗く、天井の低い場所だった。広い部屋全体にブルーのロープでラインが作ってあり、その6分の1ほどのスペースを使って、同じ便で到着した乗客がぐるぐると列を作っている。飛行機を降りてからぼんやり歩いていたので、私の順番はほとんど最後の方だった。
 思ったよりも一人一人のチェックに時間がかかっていた。といっても、1、2分というところだが。手持ち無沙汰にまわりを見渡し、誰も並んでいない場所に迷路みたいに張り巡らせたロープが、ディズニーランドに似ているなぁ、と思った。4、5年前の2月、大雪の日にたまたまディズニーランドに行ったことがある。どのアトラクションにも5分と並ぶことなく、友人達と私はくねくねと張られたロープに沿って目を回しながら乗り場まで走ったものだった。あの時は楽しかったなぁ。そんな風に考えて、今、自分がちょっとふさいでいることに気がついた。飛行機の中で紅葉に胸を痛めたことから、テロ行為で傷ついている街へ、ただの観光客として訪れることに対する罪悪感めいたものを感じてしまったのだ。多分。入国審査官ににっこり笑いかけてパスポートを受け取ると、彼も笑顔を見せてくれ、少し肩の力が抜けた。

 空港近くの道沿いは、色づいた木々の間にテラスのついた小さなかわいらしい家が並び、星条旗がはためいていた。マンハッタンに入る前から「UNITED WE STAND」の文字が目に付くようになった。
 そして、トンネルを抜けると、摩天楼。右も左も高いビルが続いている。赤信号で停車した車の前を沢山の人が通る。淡い色の肌や髪、黒髪、すらりとしたひと、限りなく丸いひと、大きなひと、小さなひと、きりりとした一重まぶたの東洋人、ブラックの血が濃そうな肉感的な唇の女の子、遠目からもそれとわかるユダヤ系のおじさま…。 韓国、香港、シンガポール、ベトナム、インドネシア、メキシコ、イタリアetc…。 いままでに訪れた街は、いくらか他民族が混じっているとはいえ、単一の色が強い場所ばかりだった。ここはなんだか違う。沢山の人種が、お互い認め合い、そして完全にはまじりあわずにそこにいる、甘く苦いマーブルケーキのような街だ。
 
 いろいろな人がいる…と思った印象は、そのまま実体験に結びついた。ホテルに荷物を置いて、一人歩きをはじめたとたん、道を聞かれた。立て続けに二人のひとに。その次には時間を聞かれた。なるほど。あまりにいろいろな人種が暮らしているから、自分と毛色の違う人間がいることなんて、当たり前なのか。 「みんな」に合わせることが当たり前の国の人間としては、ちょっと嬉しい驚きだった。多分NYを好きになっちゃうぞ、と思った。

  



Another New York Vol.39
Text by ゆか

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