Vol.40 NY、あの日から2ヶ月 A


☆☆☆滞在 @☆☆☆
きれいな足
 お昼ご飯前に見かけた店が気になったので、満腹のお腹を抱えて、来た道を戻った。グランド・セントラル・ステーション近くのガラス張りの店だ。風船が見える。あそこだ。ショーウインドウには端正な靴とバッグがちょこんと置いてある。ガラスには「OPENING SALE」の張り紙。小さく真っ白な店内は、女性客で大混雑していた。
 風船の飾られた入り口で10%OFFのクーポンを受け取って中に入ると、ふんわりあたたかい楽しげな空気が渦巻いていた(セール好きな女性なら、わかりますね)。いろんな人種の女性が靴を間にして沢山の言葉を交わしている。箱を抱える人、ためし履きをする人、ある1足の前で考え込む人…。コートを着ているのは客で、薄着なのは店員だ。女性店員達は淡いパープルの柔らかなワンピースや優しいベージュのパンツスーツなど、春を思わせる軽やかな色で、厚いコートの間をちょうちょみたいに忙しく立ち働いている。きっと、靴を選ぶ人達のこの暗いコートの下もこんな優しい色なんだろうと想像し、ほんわかした気分になった。
 店内には各デザインにつき1足ずつのサンプルがぽつんぽつんときれいに飾られ、客は色とサイズを伝えて希望の品を店員から持って来てもらうシステムになっていた。「ブラウンのサイズ9は誰?」「誰かこのブーツ、リクエストしたわよね!?」 倉庫から出してきた箱を沢山掲げて、メグ・ライアン似の店員がにこにこ笑って声を張り上げる。私よ、とあちこちで手を伸ばす女性達。私もクロコダイルの型押しのヒール・ローファーと曲線のきれいなバッグをリクエストし、その女性達の仲間入りをした。
 見ていると、薄着の彼女達は実に忙しい。リクエストを聞いたり、会計をしたり、アドバイスをしたり、商品を運んだり、サンプルをきれいに元の場所に戻したり、誰かを呼んだり。そしてもちろん客だって忙しい。1足の靴をいろんな方向から見てみたり、腰掛けて履いてみたり、遠くに見つけたきれいな鞄目指して大混雑を泳いで移動したり、倉庫から出てくる店員が自分のリクエスト品を持っていないか目と耳をすませたり。すべてはきれいな靴のため。活気のある店で自分の為に買い物する女性客と、そんな店で忙しく(そして楽しげに)働くきれいな店員達の姿はなんだかとてもいとおしく思える。沢山の人種、沢山の笑顔。これがきっとあるべきNYの姿だ。
 私のリクエストがかなえられるまで、(紆余曲折あって)なんと20分の時間を要した。試し履きした靴を箱に収めて立ちあがった私に、すぐそばで他の客の相手をしていた店員(亜麻色の短髪、つるりとした顔のナイスガイだ!)が、どうするんだい?と聞いた。もちろん買うよ。気に入ったもの。ファンタスティック!彼は、くしゃっと笑ってくれた。
 同じ時間を共有した人達が、今もきっとどこかで、買ったばかりのきれいな靴を履いて、堂々と歩いている。

フェンスの前で
 ほんとは、軽い気持ちもあった。出発前には夫に「現場の写真撮って来るね」なんて云っていたくらいだ。もうすっかり日も暮れた道を、人の行く方へ行く方へと流されつつ歩いているうちに、私はだんだん後悔し始めていた。見世物じゃないんだ。観光地じゃないんだ。ただの野次馬じゃないか。
 閉鎖された地下鉄の入り口があり、立ち入り禁止の道があり…。周りは、仕事帰りらしい様子で2人3人と連れ立って歩いている。談笑し、普通に歩いている。鉄パイプで簡単に封じられたむこうには、誰も歩かない道があった。ガラスのドアの向こうに白く汚れた商品が散らばったままの店があった。
 発電機だろうか。お祭りの屋台街で聞くことがある耳障りなドリルのような音が聞こえた。私には初めてのNYだから、「その前」との違いなんてわかるはずがないのだけれど、ビルとビルの間が、妙に抜けて見えるようになってきた。立ち止まることができずにに歩きつづけ、いくつかのフェンスの前を通った。そこには花が置かれ、星条旗が冷たい風に揺れていた。罪悪感からか、そちらをしっかり見据えることが出来ないまま、人と同じ速度で歩き続けた。
 とうとう足を止めたのは、それまでより幾分広いフェンスの前だった。フェンスの向こうは、まるで昼のように照らされていた。ああ、そうだ。発電機の音がしたな。きりりと冷えた冬の空の暗さとは対照的に、フェンスの向こうは、ぼやぼやとした埃でうっすら煙っている。瓦礫の山だ。あの下にまだ幾千人の人々が見つけられぬまま閉じ込められているんだ。フェンスから目がそらせなくなった。花や写真、メッセージ、旗、ぬいぐるみ、お菓子、なにかかわいいもの、沢山のきれいなものがフェンスに貼られ、結び付けられ、つるされ、置かれていた。いろいろな国のいろいろな言葉が、強く訴え、決意を語り、祈り、呼びかけ、こころを伝えようとしている。受け取り手のない花束が冷たい風の中に咲いている。こちらを向いてポーズを取る、笑顔の写真。
 胸や喉や鼻や、いろんなところが痛くなった。バッグを探り、掴んだハンカチで涙をぬぐったが、それでもあとからあとからぼろぼろと涙はこぼれた。誰かに愛された人たちが、まだここにいる。それは現実のことだ。私の大事な人達は、たまたまみんな無事だったけれど、2ヶ月前、ここでは沢山の人達が大事な人の為に叫び、泣いたのだ。フェンスから少し離れて泣く私の前を、「今」生きてここにいる人達が通り過ぎて行く。何人かが、同じように立ち止まり、しるされた言葉を読んでいた。毎日ここを通る人もいれば、初めて訪れた人もいるだろう。みんなにここを見て欲しい。ここに立ったときのつらさを感じて欲しい。突然断ち切られることの理不尽さを。怒りと、祈りがこころにあふれる。夜風は更に厳しくなったが、からだはかぁっと熱かった。

ベーグル
 念願の「焼きたてベーグル」を朝早くアッパーウェストに買いに行った。屋台のような店を思い描いていたが、壁際にカウンターとショーケースが置かれた店内は、中央のフリースペースが意外に広く、忙しいときはここが一杯になるんだろうな、と思わせた。プラスチックのボックスを縦に重ねたタイプのケースに、10種類ほどのベーグルが並んでいる。どれもふかふかでおいしそう!鼻の赤いおじさんが、にこっと笑ってどれにする?と聞いた。エブリシングとオニオンを選ぶと、白い紙袋に入れ、それを更に白いビニール袋に入れてくれた。ビニール袋に何か書いてある。外に出て、あったかいベーグルをちぎって食べながら、袋の文字をもかみしめた。「I LOVE NY」多分、今ここにいる人達にとって嘘偽りのない言葉だろう。 I LOVE NY。
 

  



Another New York Vol.40

Text
by
ゆか

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