Vol.41 NY、あの日から2ヶ月 B


☆☆☆滞在 A☆☆☆

 ウォールストリートから地下鉄に乗って、ふたつ目の駅で、かさばる箱をささげ持った青年が一人乗りこんできた。隣には席がふたつ空いていたので、座りやすいようにとお尻をずらすと、礼を云って彼が横に座った。ひざの上に置いた切花用の箱(日本の花屋さんでも見ることが出来る、あの平べったい箱)に、スタンド代わりにあけた3つの穴にさしこまれているのは、花束だった。セロファンに包まれて誇らしげに咲くバラの間には、白やブルー、薄いピンクのかわいらしい花々が見え隠れし、淡い緑のユーカリでまとめられている。しゃれた雰囲気の花束だ。それを箱にしっかりさしこみ直しながら、気をつけないとね、と彼は云った。配達なんだ。そう、とうなづくと、全体の形を優しく整えながら、今日は3つだけど、これで(と、箱を示して)4つ運ぶこともあるんだよ。そう、とまたうなづいたところで次の駅に着き、じゃ、と彼は大事に花を抱えてホームへ降りた。あ、行っちゃった。きれいな花だね、と誉めたかったのに。誰かから誰かへ、贈られる花。しばらく後に、誰かを喜ばせるであろう、あの花束。フェンスの前に、ささげられた花々を思った。花を贈る人、花を受け取る人がいることが、すごく嬉しかった。

カーテンコール 
 滞在中、ミュージカルには3度足を運んだ。幸いにも滞在ホテルは46st.にあり、タイムズ・スクエアからとっても近かったので、観劇にはすごーく便利だったのだ。さすがにTKTSは行列していたので、インフォメーションセンターで割引券をもらって劇場のボックスオフィスでチケットを購入したところ、一人旅のせいもあり、どの回も舞台真正面、とても近いが見やすいいい席で、私はこの街を襲った惨劇を忘れ、存分に楽しんだ。そのうち2度、カーテンコールの最後に、特別なシーンがあった。主役がひとしきり拍手を浴びた後、出演者が全員勢ぞろいし、沢山のサインの入ったポスターを掲げ、話し出す。みんなでサインをしたこの特別なポスター。売り上げ金はテロの犠牲者への援助に使われます…。舞台への満足感に浸りつつ、現実にふと立ち戻った。ここはNY、ブロードウェイ。舞台がはねて、沢山の人が、いろいろな思いを胸に冷たい秋の夜風の中へ溶けていく。 NYは、訪れた人たちのこころをちょっとずつ手に入れて、そしてまた大きくなる…。

ネットカフェで
 何度か利用したインターネットカフェは、えらく広かったけれど、いつ行っても空席は少なかった。空席に腰掛け、日本のサイトを訪れていると、時々隣の客が覗いていることがあった。覗かないでよ、と思っていたが、その訳は後でわかった。一度、声をかけてきた男の子がいたのだ。それは、どこの言葉?きれいな肌をしたブラックの青年で、すこし恥ずかしそうだった。これは、日本語だよ…。ふーん、これが日本語…と、絵でも眺める様に画面を見て、満足げに彼は自分のPCに向き直った。そうか、珍しいのかぁ。興味を持ってくれるといいな。
 夫とメールを交換する以外に日課にしているのは、株価チェック(笑)。毎日どきどきしながらチェックしていた。自分の持ち株はともかくとして、日経平均は私の滞在中確実に上を向いていて、あの9/11の記憶を消そうとしていた。こういうのも嬉しい。「あの日」が、世界恐慌の時のブラック・マンデーみたいにならなかったことが。 株価チェックをするたび、(大げさだけど)世界中みんなで前を向いて歩いているような気になった。

少し祈る
 外国に行くときの楽しみの一つは、大聖堂を拝むこと。建てられたその時代、その土地での最高の技術や費用を投じられていると思われることが多いので、どこに行っても、裏切られることはあまりないから。というわけで、例によってセントパトリック大聖堂にも足を運んだ。重厚な扉の内側は、予想以上に広く、優しい薄暗さで、壁沿いに置かれた像の前にともされた多くのろうそくの灯りがちろちろ揺らめいていた。高い天井に反響した低い話し声がうわんうわんと耳にまとわり付くのも心地よい。美しい宗教絵画、美しい建築。無宗教の私ですら、心が落ち着くのはどういうわけだろう?宗教って、すごい。ひととおり見まわしたのち、私は適当な席についてこうべを垂れ、遠くに見えるキリスト像に話しかけた。私はあなたの信者ではないけれど、あなたを信じる人もいるこの世界全体に、あまり大きな悲しみは与えないで下さい。心に傷を負ったすべての人に、安らぎを。 そして自分の大事な人たちのことを思った。人種や宗教、生まれ育ちの区別なく、つらい涙を流す人が一人でも減ります様に。目を閉じて、彼と彼以外のすべてのものに、お願いをした。

きれいなまち 
 最後の晩は、オペラ座の怪人を観たあと、ロックフェラーセンターのレインボールームに行くことになった。 きらびやかなネオンサインと、日本のものとは明らかに違う光の街頭の下を少し歩いて、GEビルの最上階へ登ると、エレベーターの扉が開いた瞬間からにぎやかな笑い声とジャズの音色が私達の耳に飛びこんできた。 入り口からは早くもNYの夜景が窓の外に広がるのが見られ、期待をかきたてる。私達の案内された席のすぐそばではにぎやかに音楽が奏でられており、楽しげなグループの中で、シックで軽やかなドレスを着た年配の女性と、夫らしい男性が抱き合う様に踊っていた。すべての人が笑顔で、私もとても楽しい気分になった。何かのお祝いかな…。ただ、楽しいだけかな…。視界一杯の窓に広がる、夢のような(魔法使いの弟子に扮したミッキーが振る杖の先からこぼれる光りの粒のような)NYの街の光。エンパイヤステートビルが見え、そして、グラウンド・ゼロすら高いビルの間の、ライトに照らされた薄く曇った「へこみ」としてはっきりと確認できる。エンパイヤステートビルからのグラウンド・ゼロは、ここより少し近いこともあって、もっと生々しかった。冷たすぎる夜風がびゅうびゅうと吹き上げる屋外テラスでその場所を見つめ、がたがた震えながら写真を撮ったことを思い出した。そして今夜はカクテルをなめながら同じ夜景を眺めている。グラスの音、楽しげな話し声、音楽、笑い声、おいしいおつまみ、紳士的なウエイター、あたたかな空気。なんて幸せなんだろう。なによりも、ここにいるすべての人が幸せそうに見えるのが嬉しかった。気がつくと、バンドの音楽は終わり、踊っていたグループもいなくなっていた。あんなにぎやかなグループがいなくなったのに気がつかないなんて、酔ったのか、それとも店の雰囲気そのものが(彼らがいなくてもあまり変わらないくらい)楽しいものだったか。残念ながら、覚えていない。
 とにかく、幸せな夜だった。

  



Another New York Vol.41

Text
by
ゆか

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