Vol.59 ミュージカル観劇記


2004年3月2日〜16日の行程でNYに行ってきました。NYは3度目。今回の旅行目的は観劇のみ。観たミュージカルは全13作品。今回観た作品の感想を私が良いと思った順番で記します。かなりの長文なので、ご覚悟を。

WICKED
オズの魔法使いに出てくる3人の魔女たちがどのように魔女になっていったのかをつづったミュージカル。舞台の中央にドラゴンが据え付けてあってこのドラゴンが幕開きに動いたり、魔女になる瞬間の舞台の使い方など、舞台装置もすごいです。また、豪華な衣装も多く楽しめます。しかし何よりこの作品を魅力的にしているのは、主役の一人西の魔女Elphabaを演じているIDINA MENZELの歌唱力。これはオリジナルメンバーならではのレベルの高さです。この作品はオリジナルメンバーの時にみるべし!とにかくロック調の圧倒的な歌唱力でElphabaの人生を歌い上げていてただただ深い深い感動です。鳥肌の立つ舞台装置、衣装、印象的な歌、そして、主役たちの歌唱力。それがこの作品の魅力です。ただし観客はグリンダを演じていたKRISTIN CHENOWETHのコメディセンスの方をより評価していたようでしたが(もちろん彼女の演技は笑えたし、歌も非常に上手でしたが。ただし、私は断然エルファバ贔屓です)。今回みた作品のうちで唯一もう一度見ようと思った作品でした。しかし残念ながら一週間先まで売り切れだったので2度みることはできませんでした。ブロードウエイの中では大きな劇場なので、オペラグラス必須です。実はこの日唯一オペラグラスを持参しなかったので、後悔至極です。どういう化粧になっているのか、どういう衣装なのかなどなどオペラグラスでじっくり観察できなかったことがとって〜も心残りです。次回のNYでも絶対にこの作品は再度みます。ストーリー的にも意外性があり、最後まで楽しめます。
しかし、魔女たちが当初は普通の女の子であり、普通に学校に行き、恋をして、悩みを持ちというストーリーで、学校のシーンが結構出てくるのはなんとも浮いているような気がしました。この作品は、生まれながら魔女なのではなく、環境が魔女を作るということを言いたいのだということは十分に理解しているのですが、それでも落ち着きが悪いです。オズの魔法使い、エメラルドの国などなどと、学校生活が同一のベースでこの作品では登場するのがなんとも変な気がしました。学校のシーンはなくてもよいのではないだろうか。この学校のシーンが全体の中でかなりのボリュームを占めながらも浮いている落ち着きの悪さを解消すればこの作品は今後とも末永く愛される作品になるだろうと思う。劇団四季が好みそうな作品だが、歌がとにかく難しいので、なかなか日本人には歌いこなせないだろう。

HE BOY FROM OZ
オーストラリア出身の歌手ピーター・アレンの人生をつづった作品。ピーター・アレンのことは全く知りませんでしたが、それでもこの作品はとてもよかったですし、ピーター・アレンの人生に非常に興味を持つことができました。とにかくすごかったのは、ピーターを演じたHugh Jacksonのパフォーマンス力。彼ゆえにこの作品は深い感動があり、この作品は面白かった。作品自体がどうこうというのではなく、これは演じる人の力量で出来が左右される作品。そういう作品があってもよいはずだと私は思う。そしてこの作品はそれで成功した作品である。とにかくHugh Jacksonの演技力、歌唱力はすばらしく、こういう人がまさにプロのパフォーマーだ。すばらしい。笑いあり、涙ありの2時間半であった。そしてもう一つ感心したのはアメリカ人ののりのよさ。舞台からアドリブでさされた客席のおばさま、ものすごく面白いコメントとパフォーマンスを繰り広げ、「この人は本当は仕込みなのではないか」と思うぐらい面白く、パワフルだった。こういう人が普通にごろごろしているのだとするとアメリカ人は恐ろしい。

AVENUE Q
オフからあがってきた作品。人形を使った舞台と聞いていたので内容が想像できなかったのだが、「よくぞここまで取り上げにくいテーマを露骨に表現したものだ」と唖然とし、同時に感嘆するほど、下ネタ、倫理ネタ、社会ネタをオンパレードにした内容で、人形を使うことできわどいネタをさらっと軽く冗談めかして処理しているところにこの作品の面白さがある。ストーリー的には振り返って考えると大した内容はない。しかし観ているときには、唖然としながら、大笑いしながら観ていたのでこの作品はすごいパワーをもっている。観客も大うけであった。しかし隣の高校生風情の女性3〜4人組はおそらく地元の白人なのだと思うが、終始しらけて見ていたし、笑うことも全くなかったので、若い世代には受容できないと考える人たちもいるようだ。でもとにかく新しい表現方法で、こういうのもありだと思わせる舞台である。パペット使いの人たちの中には「君はパペットの後ろに隠れるのはもったいない」というほどとても格好良い人たちもいた。この作品を観るうえで面白いと思ったのは、パペット使いの人たちがパペットの感情にあった顔の表現などをしながらパペットの操作をしていること。そのため、パペットを観るべきなのか、パペット使いの人たちを見るべきなのかを迷ってしまうこと。もちろんパペットを観ているだけでもその動きは面白い。しかしそれを動かしている人たちがどのように動かしているのか、動かしながらどのような表現方法ととっているのかを観るのもまた面白い。それがこの作品が単なる人形劇に終わらない理由だろう。作品的にオフの風情を大きく残しているのがこの作品の魅力の一つである。オンにあがってきても出演者たちはとても丁寧に演じていることがわかるのが好感がもてる。しかし、この作品は果たして100ドルの価値があるのかというと、そこはやはり人形劇であり、舞台も出演者の衣装も簡素なのだからお金はそれほどかからない作品なので、ブロードウエイ的大作というジャンルには入らないと感じるので、この作品はオフのままで、もう少し安価で観れるようにした方が価値が高かったのではないかと思う。この作品を観たことによる満足度、充実度は非常に高かったが、もう一度100ドル出して観たいかというと疑問だからである。

SWEENEY TODD
これはNYシティオペラでみた。NYシティオペラということであまり期待していなかった(これは偏見以外のなにものでもないのだが)のだが、期待を裏切られてとてもすばらしい作品であり、とてもすばらしい出来だった。ホラーミュージカルというジャンルなのだが、その名の通り、幕切れ近くになると、あまりに次々と主人公のトッドが殺人を繰り返すことに、ただただ唖然としてしまった。「そんなに人を殺さなくても」と。すごい作品である。名作である。
そして今回の出演者がすばらしかった。まずは主人公のトッド役を演じたMark Delavan。彼はメトで主人公を歌ったこともある一流のキャリアを持つ方だった。そういう方を迎えることができるシティオペラは甘く見てはいけないとつくづく見直した次第である。そしてこの方はそのキャリアに疑問をもつことも無いほど、すばらしい実力の持ち主だった。バリトンのMark Delavanはとても深く美しい声。圧倒的な声量。そして大柄で存在感のある立ち姿。彼のドンジョバンニを見てみたいと思わせた。トッドは彼にはまっていた。その次に感心したのが、最後にトッドを殺してしまう少年Tobias Ragg を演じたKeith Jameson(テノール)。2幕の後半に唯一のアリアがあるのだが、驚くほど美しい歌声。彼はまだ目立ったキャリアはないようだが、今後大きく活躍の場を増やしそうだと感じた。その他にも、トッドの娘Joanna (演じたのはシティオペラデビューのSarah Coburn)とその恋人Anthony Hope(演じたのはKeith Phares)も平均以上の歌い手であった。また、全てのキャストが役柄にあった容姿の持ち主であったことも、当たり前のようでオペラの世界では難しいことなので非常にありがたかった。フィナーレで最後に挨拶したのはMrs. Lovettを演じたElaine Paige。彼女は世界的に有名な方のようで、非常にコミカルな演技が印象に残ったし、観客も彼女を大絶賛していたが、正直私は他のキャストの方に軍配をあげたい。どうもアメリカ人はコミカルな役をうまく演じる役者さんを高く評価する傾向にあるようだが、私は歌唱力重視なため。いずれにせよ、これだけの実力を揃えたメンバーを揃えるのは非常に難しいだろうと思うほど非常に充実した出演陣だった。大満足の一作品。

FIDDLER ON THE ROOF
古典作品のリバイバル上演。以前日本で西田敏行のテナルヴィエで観たことがあるのだが、暗いばかりでつまらない作品だという印象しかなかった。しかし古典なので、ブロードウエイでも観てみようと思って足を運んだ。今回観ることで、この作品のよさが初めてわかった。この作品はテナルヴィエの存在感、人間的魅力とその生き方の説得力がどれほどでるかが全てなのだと思う。それゆえテナルヴィエをうまく演じることができるかどうかで全てがきまる。以前見たときは西田敏行のテナルヴィエは全く印象に残らず、それよりもこの作品は娘たちの作品なのだと思ったほどだ。それゆえこの作品の意義がわからなかったのだ。しかし今回のテナルヴィエは圧倒的な存在感と、「ああこういう伝統を重んじて生きている人っているし、そういう人生も大切だ」と思わせる深い演技、難しいテナルヴィエの歌をこなし、神との対話という難しいシーンを説得的にこなしていた。非常に魅力的なテナルヴィエであった。それゆえ、娘たちがなぜ親とは違う生き方を選んでいくのかもわかりやすかった。決して親が嫌いだとか、親の生き方が時代遅れだと反発していたとかの次元の話ではない。ただそういう時代なのだ、どちらが良い悪いの話ではないというのが非常によくわかる今回の舞台であった。この作品は、テナルヴィエが軸であり、その妻は質実剛健な雰囲気を漂わせる必要があるという意味で重要だが、娘たち3人には特に際立った個性は必要ないと感じる。今回の舞台では最後まで3人の娘たちの区別をつけることができなかったが、そんなことはストーリー的には何の問題もなかった。テナルヴィエとその娘という対比がわかればそれ以上は不要なのである。日本ではたいがい誰が3人の娘を演じるか、どう演じるかが注目されるので、その辺の演出が違うのではないだろうか。今回の舞台では、舞台の作り方が非常にしゃれていて、それがこの古典を今の時代でも楽しめるものにするうえで大きな意義をもっていた。オーケストラを舞台上にのせ、舞台の上に板を置き、その上が建物の中、それ以外は外という区分けをする。さらに光の使いかた、空間の使い方が非常にしゃれていて、シンプルな中にかっこよさがでていた。美しい舞台だった。また、夢のシーンは宙釣りの人がいたり、盆で出てくる人がいたりと、とにかく面白く、笑える演出だった。この場面がこの作品の抑揚の中で非常に重要な場面であることがよくわかった。この作品は観てよかったと思う作品である。

Little shop of horrars
人食い植物を育ててしまい、自分の周りの人たちをその犠牲にしたあと、最後は主人公までもがそのえさになってしまうという話。その後、その植物は全米各地で飼育されるというところで話が終わる。ナンセンスだが、ぞ〜っとするホラーである。この作品は肩のこらない娯楽である。娯楽作品として大変よくできている。タイトルにはホラーとつき、ストリーとしてもホラーなのだが、作品的には終始笑える。また、人食い植物が舞台上でどんどん大きく育っていく様子はぞっとすると同時に大笑いできる。なんてことのない話だが、「娯楽ってそもそもそういうものなのじゃない」ってのりで大変楽しい作品である。結構こういう作品が長生きするんだろうなって感じの作品である。とにかく観ていて楽しめる。

Wonderful Town
リバイバル作品。まったく予備知識もないまま、ディスカウントチケットで観にいったのだが、思った以上に面白かった。音楽がとてもよいため観ていてとにかく楽しめる。それがこの作品の一番の魅力である。ストーリー的には、成功しようと夢をみてNYに出てきた姉妹が様々な苦労をしながらNYで生きていくという“よくある話”なのだが、それをとりわけひねることもなく、正面から取り上げ、美しい音楽、楽しいダンス、出演者たちの高いパフォーマンス能力で魅力的に演じているのがこの作品であった。楽しいショーを見ることができたという感じで、満足度は高い。
姉のRuth Sherwoodを演じていたDONNA MURPHYの演技はマスコミで高く評価されていたが、確かにキャリア志向の肩肘張った女性をコミカルに演じていて笑えるとともに、共感できた。彼女の演技はこの作品の一番のスパイスになっていた。そしてとにかく男性にもてる役どころの妹Eileen Sherwoodを演じていたのはJENNIFER WESTFELDT。それほど彼女がもてるのか?と少々疑問に思うところはあったが、まあいいでしょう(本来はもっと愛くるしく、子悪魔的なかわいさのある女の子がこの役にはふさわしいのだと思います。長身で大人っぽい印象の彼女は少々この役は無理があったというのが本音)。何せ彼女のソプラノの声は美しかったので許しましょう。かわいいけれど歌えない人にこの役を演じてもらってもつらいので。姉と恋仲になるRobert Bakerも美味しい役どころ。それを演じていたGREGG EDELMANは、DONNA MURPHYの印象の強さに押されて影が薄かった気もするが、なかなかよい役者さんだった。この作品はカンパニーが仲良いんだろうなというのが舞台上にも表れていて、それが観ている側まで心温まる要因になっているように感じた。良作良演。

Hair Spray
60年代のバルチモアを舞台に、人種差別問題を取り込んだ作品。同名の映画の舞台化である。NYで今最もチケットがとりにくい作品であると聞いて観にいった。なるほど、舞台はとても丁寧に作られているし、印象的な音楽も多い。60年代のファッションを再現した舞台も楽しめる。しかし、私はこの舞台のつくり方やテーマが古いと感じた。60年代の人種差別問題を今テーマとした舞台を作るのならば、もう少しエンタテイメント要素を入れてくれないと面白くないと思う。これは「わあ、映画と一緒」という喜び方はできたとしても、それ以上の感動を得るのは難しい。これはサタデーナイトフィーバーの舞台を見たときにも感じたことである。今の時代になぜこの作品を舞台にのせる必要があるのか、何を映画以上に伝えることができるのかが、両作品ともわからない。よって、ヘアスプレイも楽しい作品であり、とても楽しめたが、それほど私は評価できない。ただし、まわりの米人さんたちは「サイコー」って言っていた。某掲示板には、「この作品は、黒人差別など米人の愛国心をうまくあおるテーマを取り上げているのが受けている」と評されていた。そういうことなのかもしれない。また、主人公の母親を男性コメディアンが演じることがこの作品の目玉の一つになっているが、(確かにそういう演出は面白いとは思ったが)私にはそれほどそのことに価値があるとは思えなかった。

AIDA
前回オリジナルメンバーでAIDAをみたときにこの作品の何がよいのかよくわからかったのでもう一度観ようと思って足を運んだ。しかし残念ながら当日AIDAを演じていたのがUnder Studyの方だったので、価値は半減してしまった。Under Studyの方はAIDAを演じるには声量も貫禄もなく、全然面白くないAIDAだった。前回のオリジナルメンバーでは、とにかくAIDA役者がダントツですごい歌唱力、存在感で、彼女の印象しか残っていない。それに比べると今回はAIDA役がいきなり小粒であった。その分、AIDAがラダメスをなぜ慕うようになったのかはわかりやすかった。反面、ラダメスがAIDAをなぜ愛するのかはわからなかったが(笑)。前回はこれが全く逆であった。アイーダには、「お前は男など要らないだろう」としか思えなかったのである。あまりに強いアイーダに、ラダメスはただのウジウジ男にしか見えなかったですし。今回は、強いラダメスに、か弱いアイーダという配置でした。ミュージカルは演じる人によって印象が大きく変わるということを再確認した公演でした。今回のラダメスはおそらくは相対的なアイーダとのバランスなのだと思うが、非常によかった。彼の強さというのもよくわかった。また、この舞台が非常のおしゃれに作られているということ、おそらくはそれがうけているのだろうこともよくわかった。アムネリアスはもっと歌い上げてほしかったのだが、ずいぶんソフトは役作りで物足りなかった。前回よりはアイーダを評価することができるなと思ったが、やはり根本的にはこの作品はそれほど私好みではないようだ。心から感動するってところまではいかない。

GYPSY
これも古典の粋に入る名作であるが、これまで見たことが無かったので初めてみてみた。感想は悪いが「ふ〜ん、こんなもん」って感じだ。大して面白い作品だとも、舞台だとも、音楽だとも思わなかった。果たしてミュージカルとして舞台で演じる意義があるのだろうかと感じる。映画で十分だし、映画の方がこの作品のメッセージも伝わりやすいと思う。私はベッド・ミドラー主演による映画を観たことがあるが、そちらのほうが感動が強かった。この作品は舞台にのせても、それ以上の感動はなかった。舞台回しが古い。ミュージカルナンバーも古い。母ローズを演じていた役者さんはたしかにうまいとは思ったが、ベッド・ミドラーの方がうまかった。娘がどうしてストリップの世界で成功したのかもよくわからないので共感しにくかったのも痛かった。その割にはずいぶん人が入っていたのは、土曜日にみたせいだろうか。

42nd street
この作品には期待が大きかったのだが、残念ながらあまり評価できない。タップのシーンはすごいと思ったが、それ以外は見るところがなく、特に1幕目のストーリは退屈で居眠りをしてしまった。ストーリーが古いし、展開に無理がある。これは再演するのならば、もう少しストーリーのつじつまがあうように修正する必要があると思う。展開に無理があると思うのは、まず、田舎から出てきた主人公が看板女優に怪我をさせてしまうシーン。主人公はただ舞台をうろうろしていて看板女優にぶつかるというプロとしてはあるまじき行為をしている。そこまで右往左往する人がいるとは考えにくい。また、そんな右往左往した人物を、他のカンパニーの人たちが、「看板女優の穴を埋められるのは彼女だけ」と言い出すのも理解しにくい。また、ミュージカルの主役の役をみすみす他の人に譲ろうとカンパニーが一致団結して主人公の説得にあたるというのも全く理解できない。「説得にいく団結をする前に、自分が頑張れ」って普通の感覚なら思うのではないだろうか。そして主人公も人に怪我をさせておきながら、「みんながそこまで言うなら私頑張る」ってのも虫が良い話だし、看板女優自身も応援にくるというのも信じ難い。ストーリーはなんとかしてくれ〜って感じでした。よってとっても退屈なストーリだったし、観ていてムズムズしてしまいました。これなら、質の良いタップダンスのショーを観にいった方が楽しかったかも。さらに問題は、この作品はダンサーを主体に集めているらしく、主人公の歌唱力はおせじにもうまくはないことです。う〜ん、これはダンスショーという位置付け以上にはできないですね。

Thorghly Modern Milliy
私の観た日は、ミリー役がUnder Studyが演じていた。本役さんは美女と野獣のオリジナルメンバーでベルと演じたというキャリアを持つ方なので、かなりの実力者だと思われる。本役さんが演じていればもう少しこの作品も面白かったのかもしれないが、私の観たときの出来は大したことなかった。ミリーは役柄にはあっていたが、なにせ歌が上手でなく、スター性もそんなにない方だったので、群舞の一人にしか見えない。またストーリー的にもいまいち。田舎からでてきたミリーがNYで金持ちの男をつかまえるまでのサクセスストーリを描いた物語なのだが、その間に、白人奴隷売買のからくりを見破るというシーンがかなりの比重で入ってくるがこの部分が不要だと思う。もともとは映画なので、映画を忠実に再現したのだろうが、舞台上で白人奴隷売買の阻止が何の意義をもつのがさっぱりわからない。舞台がだれるだけだ。金持ち男をゲットするというシンデレラストーリーで締めくくられるので、それ自体はほのぼのとして「ああ、心温まる作品だね」とは思えたが、作品的にはとりたてて面白いシーンも、面白い歌も、面白い役者さんもいなかった。

I love you, you're perfect, now changed
オフで7年間のロングランを続けている作品。男女2人ずつ4人で繰り広げられる舞台。恋愛に関する男女の姿をオムニバスでつづっていくもの。それぞれのシーンは結構笑える内容になっているので、最初の1時間は楽しかった。しかし、2幕目になると、同じテンポで短いストーリーが繰り広げられるので次第に退屈してくる。最後の15分ぐらいは居眠りしてしまった。もう少しひねりを加えてくれるともっと楽しめると思うのだが。それにしても、たった4人の出演者で、オフの舞台で、休憩も含めて2時間という作品で料金が75ドルというのは高いなあ。よく7年間もロングランできているものだ。

全般的な感想
今回観た作品はすべて「笑い」が必ず入っていました。シリアスなFiddler on the roof、ダンスミュージカル42nd street のような作品でも、「笑い」が鍵になっていました。Wicked 、Avenue Q、The boy from OZなども、その笑いの部分が作品の大きな魅力です。美女と野獣やオペラ座の怪人、キャッツなどは笑いの要素はなく、とにかく美しい音楽と卓越した歌唱力で魅せる作品でした。ミス・サイゴンも道化的な役回りは登場しますが、決しては彼は笑いをさそう役どころではない。古典との大きな違いを「笑い」の要素がシリアスなストーリーであったとしてもエスプリとして含まれている点に感じました。マンマ・ミーアも腹を抱えて笑うという作品ではないので、これはブロードウエイの最近の特徴なのかもしれません。AIDAでも、アムネリアスは笑いをとる役どころですし。涙とともに笑いが入るのは娯楽としては価値が高く、それゆえ高度な技術が求められます。よって良い傾向だと思いますが、日本からの観光客で英語の得意ではない人には本場でミュージカルを楽しむのがより敷居が高くなる可能性大ですね。私でも、WICKEDやAVENUE Qの中で、会場がうけている中、なぜ面白いのかわからないシーンがいくつかありましたから。これは英語力のみならずカルチャー的な理解が求められるので、国際的に笑いが共通するというのはとても難しいことです。
2004.04.06

  



Another New York Vol.59
ミュージカル観劇記
Text michi
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