Vol.79 食ツアー

それはゴッホ自画像の前でやってしまった。爺さんを自画像の横に立たせてデジカメのシャッターを押した。再生を見ると写真はボケていた。撮り直しをするため、その絵一枚を消す事にした。容量を超えていたからだ。え!!カメラは全部消去となった。絶叫した婆でした。3日分を消してしまった。
JOJOさんとの約束を守る為に初めて使ったデジカメだった。
JOJOさん「ビレッジ食ツアー」の写真を消してしまって申し訳ない。文字だけになりますが、勘弁してくださいね。
食ツアーはグリニッジ・ビレッジのブリーカー通りの7th Aveと6th Ave.の間で行われる。ツアーは一日2回午前11時と11時30分の出発で、一グループ30人が定員になっている。参加費用は一人40ドル。11時は定員一杯だったから、爺婆は11時30分に申し込んだ。245-Bleecker StにあるMurray’s Cheese Shop前の出発15分前に集合するとメールが届いた。このBleecker St を2階建ての観光バスが次々に通り過ぎる。どうも観光名所となっている。
店の前には参加者と思える人達がそれぞれ固まっている。定刻5分前になると年齢は50代後半か?と思われるオジさんが現れて「皆参加者ですか」と声を上げた。チーズ屋さんの前には14,5人の人の輪が出来た。「アンタは何処から」「ニュージャージーから」「XXXXから」聞き慣れない地名を言う。
「日本」「なに?」「東京だよ」
「ちょっと待って下さい」と言うとオジさん、店の中へ入る。出て来て「ニューヨークのサバイバルグッズです」とミネラル水を配る。爺婆も今日からの快晴で水は自前で用意していた。
着いて来なさい、で、ぞろぞろとオジさんの後を着いて行く。
1972開店—Joe’s Pizza ニューヨークスタイルピッザ
間口3メートル程のピッザの店です。何の変哲も無い小汚い店でした。オジさんは店から大きなピッザ一枚を持って来た。
一片を食べる。美味い、チーズにトマトだけだがトマトの酸味がチーズに絡んで実に美味い。こんなのあり!オジさんの講釈が始まった。全く判らない。注意して店を見ると入り口にザッガトの張り紙が数枚貼られていた。

Rocco’ Pastries イタリア ペストリーの店
ここは何処でもあるケーキと喫茶の店です。ここは多種類のケーキを売っています。名物は*カノーリというイタリアのお菓子です。リトルイタリーの屋台でも売っていますが、この店のカノーリは知られた名物らしい。
薄い筒状のビスケットの中にチョコレートを混ぜたクリームが入っている。5センチ程の長さで筒は1.5センチ程の筒になっている。何だろうか何かの香料が入っていてチョコレートと微妙に合って美味しい。当然、講釈は判らん。ただ、イタリア移民がアメリカで最初に住み着き始めたのが飲食屋さんだったといっているらしい。定かでない。
(日) Le Gigot と (月)Home と (火) palma
(日)この店はザガットの常連らしい。料理は抜群らしい、が、お勧めしないという。理由は「高い」だった。
(月)この店は料理が抜群ではないが、期待は裏切らない。安いので十分店という。
(火)この店は2002年に開店したが、古いイタリアの台所が残っていて、小さな中庭で南イタリアとプロバンス料理を楽しめる。
Cornelia Street Café
店は混んでいた。外の席には学生風の人達が大きな皿に盛られた料理と赤白のワインを飲んでいた。オジさんの解説が判らないが、にぎわいから見て人気の店と想像出来る。
Faicco’s
ここはデリです。揚げものが美味いといわれているようです。卓球球程の大きさの揚げ物を試食させてくれた、ちょっぴり塩がキツいが美味しい。間違っているかもしれないが、この店の名物*「フライド・ラビオリ」か?
John’s Pizza
お昼前でした。店の前には十数人が並んでいる。解説のオジさん地下に積んである石炭を指差しながら「この店は1929年から石炭でピッザを焼いているという。ニューヨークではちょっと知られた店だそうです。試食はなかった残念でした。
グループは7th AVEを超えてBorrw St.に入りましたが、その道はフリーマーケットとなっていて、多くの店が並んでいました。商品は骨董ではなくって自分達の作品を売ったりしていた。

オジさんはこの辺りの建物の解説を続けるが99%判らない。玄関の泥落としのバーや入り口の郵便受けやカギが低い位置になるのは、当時の服装から出来た事等を説明しているらしい。

Chumley’s
この店は看板が無い。禁酒法時代のモグリ酒場だったという。店の中には常連だったスタインベック、モーム、ミラー等の著名人の写真が飾られている。ここは食というより1920年代の店の様子を見せる事に意味が有る。確かに古い、でも、観光化している。見るだけで十分です。しばしここで休憩でした。婆はビール、爺様はコークでノドを潤すが、食べた物がいろいろで腹の中が落ち着かない。ビールでなだめてもすっきりしなかった。
さあ、再出発です。
Milk and Cookies Bakery
何と、2005年開店の最も新しいクッキーの店で2006年ザガットに選ばれていた。試食はチョコレートビスケットですが、中に生チョコレートが入っている。焼くのが難しいのではと素人ながらに思う。店は本当に小さい。四畳半位の広さです。

再び、Bleecker Stへ引き返しました。同じ道を通ります。
Risotteria
この店は味ではなくって料理場は地下に有り、換気口は人が通る道路に設置されていることです。換気口からは何とも言えない料理のニオイが吹き出ていました。このように地下を利用するレストランやカフェが多いのもこの地区の特徴のようです。John’s Pizzaも地下が石炭置き場になっていました。
Murray’s Cheese Shop
そうです。集合場所に指定されていた店です。この店はチーズ専門店です。チーズに関わる食品を扱っています。また、オリーブやオリーブオイルの品数も多く揃っています。チーズパイなどチーズのお菓子も豊富でした。店の中を見て回りました。
Amy’s Breads
パン屋ですが、ザガットに選ばれています。種類は豊富です。実は、小さな店なので地下でパンを焼くのか?と思っていました。しかし、後日、チェルシーマーケットに入って知りました。同じパン屋さんがあり、パン焼きがガラス越しに見られました。大量にパンを焼いていた。
オジさんがパンとチーズ3種類を持って外で待っていました。パンにチーズです。婆は黒麦パンにチーズを乗せて、爺は白いパンにチーズを乗せて食べました。その頃になると腹は満腹感になっていてワインが欲しかった。

更に、オジさんは6thAVEを横切りBleecker通りを進みます。周りはテラスで食事をする人達で一杯です。多くの店がザガットの張り紙が貼ってあります。
Yatagan
小さな店ですが店は客で一杯でした。カバブです。巨大な肉の固まりを焼いていました。ミートボールも売れていました。いずれもインドのナンのようなパンに挟んで食べます。この頃になると歳ですね、多く食べられない。参加しているアメリカ人はがつがつ喰う、嬉しそうな表情をして。
そろそろ3時半、4時間近く歩いたことになる。オジさんは袋からパイケーキとチョクコートボールを出した。そして、「楽しめましたか」と言った。ツアーは終わった。

長い長い解説だった。一度、むっと神経にさわった。移民では「チャイナ、イエロー」と言った。これは許せない。日本人の参加がないのだろう。何時も調子で巻くしたてて笑いを取っていた。英語が判ればとおもう。

午後4時近くにワシントンスクエアでしばし休息した。腹の中が混乱していたからです。まさに「歳」でした。デジカメは消えた。まあ、しゃないか?あの街は記憶に残せ、ボケないために、と神の言葉かも知れない。
アメリカ人には知られた観光コースでしょうね。朝は沢山の人が集まっていて観光バスから降りてカフェやチーズ店へ入って行きました。でも、日本人にはツアー参加をお勧め出来ません。英語が完全に理解出来ても。それに、時間が長いし、イタリア移民の歴史を聞いても面白くないでしょう。NYに住んでいる人は、そんな場所があるという知識というか、時間があるうえでの体験としてすすめます。
一般の人は観光で一度、Bleecker街を訪れるのもおもしろいのではと思います。ザガットの店が軒を並べていますから、入り口の料金表を見て入るかどうかを決めれば良いでしょう。古いイタリアが残っていてリトルイタリアとは違った雰囲気を体験出来る。
書きましたが、チェルシーマーケットに行きました。時代に合わせる様な動きを感じました。入り口のカフェと雑貨を売る店は時代に合ったつくりでした。イベントが出来るホールがありました。現金で売るマーケットの八百屋さんや肉屋、台所用品を売っている店はZabar’sより割高でした。こうした店は消えるのではないでしょかね。(日経のNY土産ベストテンのウサギの胡椒入れ4.5$高かった)

後日、爺婆は次の午後の半日コースを歩きました。スタートはチェルシーマーケットからミートパキングディストリクへ、そしてブリーカー街を散策する。
チェルシーマーケットでLobster Placeで寿司と牡蠣を買った。牡蠣は「くまもと」です。牡蠣は量り売りで牡蠣は大小を選定出来る。食るために牡蠣ムキしてレモンを付けてくれた。店の前のカウンターで食べる。食べ終わってマーケットを散歩、肉屋から通じるバー&レストランを見つけたので休憩することにした。婆はビール、爺様はコークを注文した。午後6時頃だったから客はカウンターに数組板だけだった。
バーテンが言った「日本人か、俺のオカアちゃんは秋田生まれだよ」「観光か?」「今日はどうする」「何処か安くて美味い店を教えて」と婆が聞く。「待ってろ」とバーを離れた。
しばらくして紙を持って帰って来た。「この2カ所だよ」(a)婆は地図では何処になるのでしょうか?と問うと。いつの間にか数人が居て、いろいろ言う。中でも一番年寄だが身なりのしっかりしたおばあさんが言った「メガネが無いからね」と地図で教えられない事を悔しがった。
皆親切だった。ミート・パッキング・エリアからブリーカー街へ抜ける道が判らなかった時は地図を見ていた爺婆に2匹の大型犬を引いた散歩の美人が「何処へ行くの?」と声をかけてくれた。「次のブロックの先にBxxxがあるの、そこを左よ」とBxxxをしっかりと発音してして爺婆にもBxxxと数回言わせて、納得して犬との散歩を続けた。
爺婆はユニオン・スクエアで食事をした。大満足だった。爺婆シェアで野菜サラダ、カニのコロッケ状の暖野菜婆はツナステーキ、爺はエビとホタテのバター炒めアスパラガスなど添え白ワイングラスで5杯。
ホテルへは午後9時近くに帰りました。
注:* は「50歳から楽しむニューヨーク散歩」に出ています。
(a)Villa Mosconi / 69 MacDugal St. 212-673-0390
Blue water Grill / 31 Union Sq. 212-675-9500
2006/6/11





Another New York Vol.79
「食ツアー」
Text by jijibaba1940
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