#15 カムルルの話

 連続テロのおかげでNYに行きそびれたワタシにとって、情報の回転が速すぎるNYを語るコトは「NYに滞在していないこと=ネタがない」というような気分になっています。というわけで、情報に左右されない過去の話を勝手にさせてください。

 一度だけ真冬のNYに行ったことがあります。配管から蒸気がもうもうと吹き出ている、あの独特のマンハッタン。PIYOKOにとって初めてのNY滞在でした。今ではなぜあんなにも蒸気が出ているのるか理由もわかりましたが、当時は単純に「クリーニング屋がこの辺にあるの? マンハッタンにはクリーニング作業するところが多いんだなぁ」とかマヌケなこと考えてました(実話)。 さらにその滞在中、ミッドタウンでスチーム管が爆発・炎上・現場付近封鎖(!)騒ぎがあったりして、今でもテレビで冬のマンハッタンの映像が映ると、そのときの強烈な記憶が思い出されます。そんな寒い時期の話です。

 そのときNYを滞在していた目的は、主人の仕事絡みでした。幸いに(?)大きなトラブルもなく目的を達成したPIYOKO一味は、疲れていたこともあり、滞在していたホテルの近くにあるイタリアンレストランに入りました。そのレストランを選んだワケは、単純にホテルから近かったからという理由だけで、取り立てて特徴もなさそうな店でしたが「中華とイタリアンはよっぽどのことがなければ、まずくはない」というのを信じているPIYOKO達でしたので「ま、極端にまずくなければいーか」と思ってその店に入ることにしたのです。

 元F1ドライバーだったプロスト氏にそっくりな案内係と、スタートレックに出てくるピカード艦長にそっくりなウェイターが私たちの担当で、仕事がうまくいったという余韻で少しハイになっていた私たちは、そんな下らないことで勝手に盛り上がりましたが、残念なことに味のほうで盛り上がることはありませんでした。店の外見と同じく料理のほうも「特徴がない」料理で、前述の言葉通り「まずくはない」という感じでしたので……。
 ハイではありましたが、疲れていてオーダーしたものを全部食べることができなかったPIYOKO一味は、覚えたての「To go」をお願いしました。話はここから始まるのです。

 ピカード艦長に「To go」をお願いしたのですが、面倒だったらしく、明らかに下っ端に見える男性に「おまえやっとけ〜」と振ってしまいました。下っ端の男性は、私たちのテーブルの隣のテーブルを使い、残った料理を箱に詰めはじめました。そのとき、その「下っ端」の彼が私たちに向かい、こう言い放ったのです。「日本の方ですよね?」流ちょうな日本語でした。私たちは大変に驚きました。ハワイなどでは珍しくないのかもしれませんが、少なくとも私たちのNY滞在中、日本語を日本人以外の口から聞いていなかったのですから。しかし、次の瞬間、私たちは身構えました。海外の地で、現地人が日本語を話すこということは、たいがい日本人を陥れようとしている場合がままあるからです。小心者のPIYOKOも緊張しました。それを踏まえ、私たちは下っ端の彼にこう言いました。「はい、日本人です。仕事でNYに来ています」続けて、こう質問しました。「なぜ、あなたは日本語をしゃべることが出来るのですか?」彼のルックスは、アジア系のように見えましたが、人種のるつぼであるNYでは国籍まで見た目で見分けることは出来ません。ましてやここはイタリアンレストラン。「僕、東京に住んでいました」彼の話はこうでした。彼はバングラディッシュの出身で、2年ほど前まで東京都内いろいろな場所に5年ほど住んでいた。5年間という時間だけでなく、日本語学校にも通っていたから不自由しない日本語を喋れるのだ、と(アジア人特有の謙遜ふう)。彼に対して完全に信用することをしませんでしたが、さすがに雰囲気はうち解けてきました。

 ひとりのウェイターが、常連でもない一組の客だけに対して、時間を割くことは店の利益とは一致しないでしょう。彼はとうとう先輩ウェイターらしき人物から、注意を受けていました。共犯意識もあった私たちは「私たちが楽しんでいるのだから、大目に見てあげて」というフォローを入れつつ、彼はまだ私たちと話をしたい様子でした。「僕はカムルルと言います。3歳になる娘には日本の名前をつけました。もし時間があったら僕の家に遊びに来てね。」と、彼はメモ用紙をちぎって、自分の自宅の電話番号を記しました。しかし、一介の旅行者がこういうシチュエーションでトラブルに巻き込まれるのは、やはりよくある話のなので、彼個人に対して好意的な興味はあったものの、残念ながら私たちにはそのつもりはありませんでしたが……。

 料理も包んでもらい、彼にはお会計をお願いしました。彼はこの店の会計には、サービス料が含まれているから、チップを置いていく必要はない、という旨を教えてくれました。別に悪い人ではないのかな?、という微妙に気まずい思いも生じました。東京にも様々な外国人が、様々な理由で住んでいます。ビザに問題を抱えている外国人もいます。NYに住んでいる彼が、東京に居場所を見いださなかったのにも、なにか理由があったのでしょう。そして、彼が住んでいるNYにも、そういった問題があるのかもしれません。うまく言葉にすることができませんが、そういう思いが気まずい気持ちになったのです。店を出るときに彼はお見送りをしてくれました。「また、来てくださいね」

 それから4ヶ月後、どうしてもNYに行きたくなってしまった私たちは、初夏のマンハッタンを訪れました。そして彼が働いていた店の前を何度も通りました。目的地まで若干遠回りでもレストラン内をのぞき込み、彼を見つけたかったのです。しかし、カムルルともう会うことは叶いませんでした。あれから何度もNYを訪れては、彼のいた店の前をわざわざ通ったにもかかわらず……。彼と会ったからといって、何かが変わるわけではないのでしょう。けれど、それでも彼のことを思い出すと、再び彼と会うチャンスがなかった私たちの心はすこし曇ってしまうのです。
2002/12/05

 

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