次の旅には、いつでるんだろう。

旅とは歩くことだといまや思う。自分の足で歩くことが旅なのだ、と。
  「たまたま海の向こうまで」 常磐新平

旅行というのはいいものだなと、そういうときにあらためて思う。人の心の中にしか残らないもの、だからこそ何よりも貴重なものを、旅は僕らに与えてくれる。そのときは気づかなくても、あとでそれと知ることになるものを。もしそうでなかったら、いったい誰が旅行なんかするだろう?
  「もし僕らのことばがウイスキーであったなら」 村上春樹

80才を過ぎてなお、今も旅を続ける老人と路上ですれ違った。私は言った。
「お元気そうですね。まるで少年のようだ」
老いた老人は少しはにかんだように笑い、こう応えた。
「少年になるまでに、80年かかってしまった」
旅はするものである。
  「それでも世界は美しい」 戸井十月

老いたら一つ場所に落ち着くように心掛けよ。老いて旅するは賢明でない。特に資力のないものにはそうである。老齢は敵であり、貧困もまた敵である。そこで二人の敵と旅するは賢くなかろう。
  ペルシャ逸話集「カーブース・ナーメ」

旅行者にとってはいちばん重要なことは、通り過ぎていくという作業なのだ。
「移動するスピードに現実を追いつかせるな」、それが旅行者のモットーである。
  「使いみちのない風景」 村上春樹

一番潔癖な年齢の若者達にとってイタリア人は「人はこうあってはいけない」という見本のようなものだった。「人生はいかに生きるべきか、人生はなんぞ」と、日夜悶えている横で、「人生とは酒と女とサッカーなり」と割り切り、悟ってしまわれては困るのだ。
  「新・放浪記」 野田知佑

さて、どこに行こう。しかし、どこと決めた瞬間に無限の自由は失われてしまう。それが惜しいために、行く先を決めず、机の前で無為な時間を過ごす。無為な時にして至福な時。だが、私は知っている。やがて、その至福の時にも倦むようになるだろうということを。
  「天涯 第一・鳥は舞い 光は流れ」 沢木耕太郎

「ボンボヤージュ」 僕はこの街に来て覚えた言葉を呟いてみる。いい響きだと思う。その言葉の意味は、いい旅を。そして、僕はこの街で出会った人たちを思った。いい旅を。
  「ASIAN JAPANESE 2」 小林紀晴

ロバが旅をしたからといって、馬になって帰ってくるわけじゃないって、憎まれ口を言っているんですけど。
  「昨今の卒業旅行ブームに」 天野祐吉

空間を移動するとは、広がることである。
  サム・フランシス

小さな島は、僕にとっては、日常生活の場所ではない。だから、小さな島へ渡るということは、いつもの日常から、しばし抜け出すことを意味する。日常から解き放たれた僕は、小さな島で自由になる。小さな島の中での、これといった義務感のともなわない日々は、感覚の世界という複雑さをきわめた迷路の内部を、風通しよく掃除する日々となる。
  「僕が書いたあの島」 片岡義男

旅における何らかのアクシデントは、仮にそれが盗みにあおうと、殴られようとそれは吉兆である。
それはその国、土地、人々が私にキスしたということだ。そこで初めて私と見知らぬ土地は交わる。
  「アメリカ日記」 藤原新也

このままどこまでも走ってくれたらいいのになぁ、と思った。どこまでも走るときっと海にでるだろう。気持ちが疲れたとき若い連中が海を見たいなんて言うのは、とりあえず海が見える所が行き止まりの場所だからだ。あとはボートがなければ進めない。ここまで来たからいいじゃないか、そういって自分を納得させる。
  「テニスボーイの憂鬱」 村上 龍

この旅、果てもない旅のつくつくぼうし           こころつかれて山が海が美しすぎる
また一枚ぬぎすてる旅から旅                こうしてここにわたしのかげ
わがままきままな旅の雨にはぬれてゆく          どうしゃうもないわたしが歩いている
  種田山頭火

僕にひとつだけわかっていることがあるとすれば、それは「幸福な人間は、旅にでない」ということである。人がどれだけ遠くへ行こうとするかは、その人が抱えている飢えの量、哀しみの量に比例するのではないか。幸福な人間は、故郷を捨てない。
  「地平線物語」 夢枕 獏

人は自らの魂の内部に存在する「黄金伝説」のために、旅に殉ずるのである。自分は何者であるか。
それを求めるために、人は旅にでる。自分の居場所を求めて、人はほとんど永久的に旅をする。
  「悦楽の旅人」 夢枕 獏

貧乏旅行こそ物事の本質がわかるという考えは、貧乏人ほど心が清く正しいという考えと同じくらいバカげている。旅費と旅の質は反比例もしないし正比例もしない。
  「アジアの路上で溜息ひとつ」 前川健一

空は、素晴らしい。もの心ついて以来ずっと、僕にとって大空は、絶対に頼りにすることの出来る、一つの確実な基準だった。この人間の世にどんなことがあろうとも、明日になればやはり空は空にあるのだと思うと、安心することが出来た。つまらないことには心を砕かなくていい、という安心だ。つまらないことにも手を出してみようかなと思う僕に対して、空は常に、そんなこと、よせよせ、と制止してきてくれた。
  「昼月の幸福」 片岡義男

旅に出る時、きみもそうじゃない?僕はいつも行くの嫌になるんだ。止めようかなといつも思う。「深夜特急」の時も嫌だった。行く寸前止めようと思った。でもチケットを買ったししょうがない。行くか、という感じだった。でも矛盾するけど旅に出る時は何かワクワクする感じはあったな...。
  雑誌・SWICH「私は旅をする」 沢木耕太郎

基本的に「旅」も「日常」も同じ「現実」です。自分が能動的になった分だけ、感覚が鋭敏になり、察知する「出来事」の密度が濃くなるのだと思います。ですから日常的な生活においても、その感覚を保つことは不可能ではないのではないかと...、いややっぱり難しいなー。どう考えても、旅は楽しすぎます。「人生は素晴らしい」と感じる瞬間が、確実にあるのです。
  「バックパッカー・パラダイス」 さいとう夫婦

やれやれ。それでもあなたは旅にでる。それでも僕も旅にでる。何のために?たぶん僕らはそこに自分のための風景を見つけようとしているのだ。少なくとも僕はそう思う。そしてそれはそこでしか見ることのできない風景なのだ。僕らにはおそらくそのような風景が必要なのだ。どれほど使いみちがなかったとしても、それらの風景を僕らは必要としているのだし、それらの風景は僕らを根本的にひきつけることになるのだ。
  「使いみちのない風景」 村上春樹

旅というのは、ひとつの時間のカタマリを、ある土地においてくるようなもので、たとえば東京にいて、ああ、あの時、あの土地であんなことがあったんだなーと、その土地においてある自分の時間を自由に想うことができるわけだ。
  「青山の青空2」 安西水丸

ホテルに泊まるときは部屋にケチをつけろ。それが上客だ。
  映画「地下室のメロディー」 監督アンリ・ヴェルヌイユ 主演ジャン・ギャバン

一般的に言って、僕らは通り過ぎることを前提として旅行をしている。あるいは僕らは通り過ぎることを目的として旅行をしている。僕らは定着という静止的行為あるいは状況から一時的にせよ離れるために旅行にでると言ってもいいだろう。
  「使いみちのない風景」 村上春樹

旅は悲しい性癖を旅人に与えることになる。いちど旅を体験すると旅人の旅の時間は常に過去に向かうようになる。そして、何度となく旅を繰り返しているうちに、彼はこう思うようになる。ここは以前来たことがありはしないか。これは以前見たことはなかったか、と。彼はしだいにあるがままの旅に遭遇できなくなっていく。
  「天涯 第一・鳥は舞い 光は流れ」 沢木耕太郎

旅行者はどうしてそう急ぐのか。それだったら始めから旅行などに出なければいい。
  映画 「旅愁」