Vol.11 Staten Island Ferry


初NYは現地係員対応の一日市内観光、後はフリーというお決まりのツアーだった。バッテリーパークでミニバンから降りたらちょうどフェリーが見えた。ガイドさん曰く、「あの黄色いのが自由の女神行きのフェリーです。でも今日は時間の関係でフェリーには乗りません。」 今考えてみればガイドの片隅にも置けないが、こちらは初NYゆえ、そんなのわかるわけない。考えてみればスタッテンアイランドフェリーとの出会いはこれが最初であった。

市内観光の翌日、友達と私は同じツアーの2人組と共に、リバティ島の自由の女神に会う為意気揚々とホテルを出た。しかし昨日ガイドから教わったリバティフェリーのインフォメーション・ブースでは、「ここはスタッテンアイランド行き。自由の女神行きはあっち。」 そんなわけない!だってガイドさんが言ったもん!と内心憤慨したのであるが、「おたくら、NYは初めて?いいかげんな日本人ガイドもいるもんだねえ。」と同情された。ガイドブックによると、確かにこれはスタッテンアイランド行き。お粗末なガイドに怒りを覚えながら、すごすごと移動する私達。

 今年の夏を含め、その後このフェリーに乗る事、3回。いずれも夏。階段かスロープを昇って高い位置にあるターミナルからは、バッテリーパークやローワーマンハッタンの高層ビルもよく見渡せる。フェリーへの入口は鉄製の頑丈な扉が閉まっていて、船を待つ人は皆、ここにあるベンチでのんびりくつろいでいる。フェリーが近づくとさっきまで閉まっていた扉が開き、順に乗船する。日々の生活の交通手段として本当にスタッテンアイランドに行く人もいるとは思うが、この時間なら多くはガイドブックやカメラを手にしてる事から、私と同じ観光客でマンハッタン島との往復らしい。黄色いフェリーに乗り込むと、いざ自由の女神が見やすいといわれる位置を探す。でも何も女神ビューオンリーというわけではないので、結局外が見やすい適当な置に座った。間もなく出航。

岸から離れると水面に私のマンハッタンが浮かび上がる。片道たった25分だけど、摩天楼から離れていく。少しずつ、少しずつ。日本から飛行機でNYに来る12時間よりも、スタッテンアイランド・フェリーに乗る往復50分の方が好きだ。時間の問題でなく。その間ずっと高層ビル群を眺めていられるんだもの。きっと私は遠い目をしていたに違いない。こんなに遠くまで来ちゃった、私、何をしてるんだろう、って。

港に近づくにつれ、上半身をちょっと乗り出して桟橋を見てみた。このフェリーを迎えるためにこれだけの棒が水の中に埋まってるんだ。桟橋に繰り返し打ちつける波はゆっくりと私を運んでいく。ふと思い出す「波止場」。作品賞と主演男優賞を含め、8部門もオスカーを受賞した名作映画だ。舞台となったニュージャージーのホボケンはザ・ボイスと言われるフランク・シナトラの故郷でもあり、ポート・オーソリティからバスでたったの10分。港湾労働者役の若い俳優は殴られて血だらけだった。1954年。マーロン・ブランド。30歳。

 スタッテンアイランドに着くと、一旦船からでて、人の流れに沿ってもう一度船に乗る。この時50セントを必要としたのは1997年までで、今は無料。帰りまでの25分。逆にスタッテンアイランド行きのフェリーとすれ違った。行き交う2艘のフェリーに乗船してる人はきっとそれぞれの想いを抱えている。左手に自由の女神を眺めながらフェリーはバッテリーパークへ。流されるようにして外へ出た。ただいま、マンハッタン。だけどちょっと悲しいよ。せいぜい1時間弱のことなのに、変なの。自由の女神会いたさにリバティ島に行ったのならこんな気持ちにならないかもしれない。すぐそこにマンハッタンが見えるのに、手を伸ばしてもやっぱり私には届かない。街を歩けば夏の暑い日差しが照りつけるのに、フェリーに乗ると海風が体の熱を奪っていく。今年の冬、やはり私はこのフェリーに乗るだろう。季節に合わせて取り外し可能な窓が、体ごと、心ごと冷えそうな冬の海風を遮ってくれるだろうか。遠くなっていくマンハッタンと近づいてくるマンハッタン。こんなに近くて、こんなに遠いアメリカ。

 参考:http://www.siferry.com/
2002.12.05




Yes, I feel NY ! Vol.11
Text by Scully

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